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『小林さんちのメイドラゴン』の尻尾とフレーミング

ヘンな言い方だけれど、パンフォーカスに落ち着きを感じてしまった。

近年の京都アニメーションはフォーカスワークに力を入れ、レンズ効果を用いて被写界深度を巧みにコントロールし、作品の視点(青春の視野/視界)を交差させてきた。だからだろうか、『響け!ユーフォニアム』も『聲の形』もたいへんな傑作にちがいないが、視聴に“体力”の要る作品だった。「絞り」がキレすぎていた、とさえ思える。

小林さんちのメイドラゴン』は久々のコメディだ。細かく見るなら『無彩限のファントム・ワールド』もコミカルな要素が多分にあったし、微笑ましさで包まれた『たまこまーけっと』だって忘れてはいけない。しかし、いずれもその世界を映すレンズはリアル寄りで、何もかも見せてしまう作りにはしていなかった。きっちりと「焦点」をコントロールしていた、と言ってもいい(それがドラマの立体感へと繋がる)。クール教信者原作の『小林さんちのメイドラゴン』はタイトル通り、ドラゴンがメイドに扮して生活するファンタジックなコメディ、日常を楽しむ作品だ。早々にドラゴンであることをさらっと明かしてしまう。「奥まで」見せてくれる。翻って「隠すところのない京都アニメーション」という一点において安心してしまった(アニメはパンフォーカスが主体なので、ぐるっと一周回った感じ方かもしれない)と、そういうわけだ。

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フレーミングにもその姿勢は表れている。あのちょっと生々しくて可愛い尻尾に注目。意識的に入れているのだろう、フレームの中で妙な存在感を放つトールの尻尾。効果的な使い方だ、と思ったのは唐突なメイドラゴンの登場に驚き、メイドは雇えないとすまなそうに小林さんが話した後、トールが去っていくカットだ。

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椅子から立ち上がったトールは力なく左の方へ歩き出し、尻尾の先が跳ねるようにフレーム内に入り込む。そして小林さんの後ろを通る形で玄関へと向かう。ちょこんと跳ね上がった尻尾は「後ろ髪を引かれる」比喩的な表現なのだろう。尻尾のおさまりからみて、左側へ行きやすかったと考えてもいいが、すこしでも小林さんちにいたいから、直接玄関に行かず、わざわざ小林さんの後ろを通ったと汲みたい。その名残惜しさを絶妙のフレーミングで切り取っている。最初から尻尾が見えるくらい引いていたり、不自然に尻尾を匂わせる位置ではいけない。椅子に座り、申し訳ないと心底思っている小林さんに合わせたアイレベル、水平なカメラ、生活感を醸し出すティッシュやインスタント珈琲のビンが乗ったテーブルの手前に、緑色をしたドラゴンの尻尾が不意に現出するから、小林さんちへの未練だ、と感受できる。 

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去り行くトールを引き止める場面も見どころのひとつだ。玄関のドアを開き、今まさにいなくなってしまう間際でトールの手を掴む小林さんのカットは、マンションの壁越しにカメラを置いたもの。壁を取り払って撮っている、と仮定されたカットなのだけど、その「壁を取っ払った」こと自体がメタファーになっている。小林さんとトールの間にあった壁がなくなり、ドアも開かれたまま。さらに、空高く飛んで行ってしまうのだから、見ようによっては意味深長、そこも含めてフレーミングのテクニックか、と思わされた。

本作の監督は武本康弘。長らくTVシリーズは賀東招二と組んでいたが、丁寧な縫い目で原作のエピソードを繋ぎ合わせたシリーズ構成・山田由香との相性も良さそうだ。初回の演出(OP演出も兼任)を新鋭の藤田春香が担当しているのは、活発な新陳代謝の象徴だろうか。スタッフィングのフレームも、定めてみつめたい。