三好麗美とイカスミパエリア

ノイタミナで放送されているTVアニメ『舟を編む』は、新たな国語辞典「大渡海」の刊行を目指す、玄武書房・辞書編集部を追った物語だ。主人公である馬締光也をはじめ、ちょっと変わった登場人物たちが情熱を持って辞書編纂に取り組む様を凝った日常芝居で描写。派手さはないが、丁寧でさっぱりとしたところのある、「辞書」の奥深さを教えてくれる良作に仕上がっている。

原作に比べ、アニメはスリムな構成だ。馬締の暮らす下宿先の大家(タケさん)の孫娘で、同時に想い人である林香具矢の恋愛遍歴をほぼオミットしているし、辞書編集部の先輩・西岡の香具矢に対する感情もアニメでは描かれていない。焦点をより定めた作りになっている。そんな中、同じ玄武書房に勤め、西岡と交際している三好麗美は登場場面の増えた数少ないキャラクターだ。香具矢がストイックでどこか神秘的な雰囲気をまとう女性であるのに対し、麗美は現実的な匂いをふりまく女性。たとえば、西岡の部屋で満キュアを塗り、着飾る前の姿をあけっぴろげに見せる。職業柄、おそらく最低限の化粧しかしないであろう「素の美人」である香具矢とはじつに対照的な存在なのだ。この三好麗美にスポットが当てられたおかげで、アニメ『舟を編む』はグッと実在感のあるドラマになったと思っている。


ベタベタと引っ付かず、だからといって離れすぎない。西岡の部屋から一緒に出社しているであろう、第7話アバンの距離感が二人の関係を如実に示唆したものだ。もうちょっと前にいけ、と言う西岡だが、本当にだれにも見られたくないなら、時間をずらしたり、違う道を行けばいい。西岡も麗美に居て欲しいのだ。とはいえ、易々と口にできるものではないし、麗美もそんな西岡の望む距離感を理解している。馬締と香具矢の古風で寄り添った関係とはちがう、西岡と麗美の付き合い方は翻ってそれぞれの恋愛の形を明瞭にする。

アニメで思わず心憎いな、と思ってしまったのは、原作にはない「イカスミパエリア」のくだりだ。麗美が「あそこのイカスミパエリア美味しいらしいよ」と誘っても、西岡はだれが見ているかわからないと突っぱねる。つまり、今のままの関係でいいと暗に言っているわけだ。それが小田教授との愛人弁当の一件を経て、今度は逆にあそこのイカスミパエリアを食べようと麗美を誘う。会社の人間に会ってしまってもかまわないと添えた、西岡なりのプロポーズ。麗美はすぐさまその意図を察し、口語体ではなく、改まった文章で返信する。これは馬締が香具矢に出した恋文と対になったエピソードだ。難しい文章で書かれた馬締の恋文に、香具矢はそうであると思いながらも確証が持てなかった。麗美は西岡の出した絵文字入りの軽いメールの文章から、プロポーズを読み取った。対比的な構図だ。恋愛と言葉、もどかしくもあり、明快でもあり。様々な向き合い方があるということなのだろう。


見せ方も上手かった。麗美の生活感が残る西岡の部屋の描写を重ね、香具矢と比べれば決して美人とは言えないけれど、その包容力と優しさに西岡は支えられていると見せた後だから、二人のやり取りがより心に染み入る。画面分割を効果的に使い、麗美の返信に意味を含ませる誘導の仕方もいい。
個人的に気に入っているのはアバン終わり際の「足、みじけーなあ」という西岡の台詞。褒め言葉ではない。耳に入れば麗美は怒るだろう。だがその機微は、あたたかい色のものだ。雪のちらつく寒空の下、セピア(イカスミ)風の処理を施した画面。ちょっとした悪口。セピアに負けない、麗美の赤い傘。モンタージュがじつに心憎い。「信頼」の話数に相応しい台詞の機微と色の重ね方だったと思う。


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